見えない顔
燈魂百物語~第5夜より~
Sさんが小学校低学年の時。
下校中、家まであと200mくらいという所に見慣れない車が停まっていた。
田舎の小さな町、しかも家の近くに普段停まっている車であれば、ほぼどこの家の車だとか分かっていたSさんだったが、今目の前に停まっている車は見たことのない車だった。
ちょっと気になったSさんは、通り過ぎる時に横目で見てみた。
運転席にはワイシャツ姿のサラリーマンっぽい男性がいたが、シートを倒しているようで顔が見えない。
…いや、顔自体が見えないのではなく、輪郭は見えるが目鼻等のパーツが無いのっぺらぼうのようだ。
(えぇ!?)と思ったが、寝ているようだし、振り返ってまでジロジロ見るのは変だ。
「何見てんだ!」と怒鳴られたりしたら、たまったもんじゃない。
きっと営業マンが休んでいるのだろう。
それ以上は気にせず帰路についた。
夕方。高校生の姉が興奮しながら帰ってきた。
「ねぇねぇ!聞いた!?通学路で自殺があった話!!」
詳しく聞いてみると、乗用車で男が睡眠薬自殺だか、練炭自殺をしていたらしい。
姉は警察や野次馬で人だかりになっているところに遭遇して覗き込んでみたら、運悪く亡くなった男性の顔も見てしまったという。
「顔が土気色でさ、口から泡吹いてたんだよー。
今日はもう食欲無くなっちゃった。やだなぁ。」
それは地元ローカルTVのニュースでも報道された。
現場のリポーターが乗用車を指さし、自殺を報道している。
その乗用車は、Sさんが下校中に見たあの車だった。
死亡推定時刻は、ちょうどSさんが通りかかった時間らしい。
しかし、何故自分にはのっぺらぼうの様に見えたのだろうか。
姉にそのことを話してみたら、
「人ってショックなものを見たりすると、脳がわざと見せないようにするみたいよ。
ほら、トラウマで記憶喪失とかもあるじゃん?
あれも脳が心や精神を守るためにやるんだって。
だからSもおじさんの亡くなった顔があまりにもショックで、脳が修正かけたんじゃない?」
と意外にも納得できる返事が返ってきた。
母も自分も「人間の脳って凄いね」と感心した。
姉が「私の脳は修正かけてくれなかったよー。しばらく忘れられない…」
と落ち込んでいるのを見て、自分は見なくて良かったと心から思った。
その日の深夜、ふと目覚めてしまったSさん。
喉が渇いていたので、お茶でも飲もうと1階へ降りた。
台所のドアは透明ガラスがはめられていて、中の様子が廊下から見える。
Sさんがドアの手前まで来た時、台所に誰かが立っているのが見えた。
背丈からしてお父さんだろう。
この前もお酒の飲みすぎで夜中に胃薬を飲む父さんがいたので、今日もそうだろうと思ったSさんはドアを開けて声をかけた。
「お父さん、またお酒飲んだの?大丈…」
Sさんは固まった。
お父さんはパジャマを着てるはずなのに、すぐそこに立っている人はワイシャツ姿だった。
考えたくないが、瞬時に分かってしまった。
昼間に見た自殺したおじさんだ、と。
その瞬間、そいつがぐりんっとこちらに振り返った。
顔はのっぺらぼうだった。
硬直して動けないSさんに、おじさんは床を這うようにして近寄ってきた。
「うわぁぁぁぁあああああ」
やっと悲鳴が出た。
家族が何事かと寝室から駆けつけてきた時には、おじさんは消えていた。
きっと自分の顔をちゃんと見なかったSさんに腹を立てて、見せに来たのではないかとSさんは思ったという。