覗かれる家
禍話~第3夜より~
中部地方にある廃屋のお話。
その家には2つの噂があった。
1つ目は”家の中を通らないと庭に行けない”ということ。
敷地幅めいっぱいに家を建てたせいか、家と塀の間を通って庭に出る事が出来ない。
こんな細い隙間を通れるのは猫くらいだろう。
家の最奥、突き当りの和室まで行って、やっと庭に出ることが出来るらしい。
2つ目は"最後に住んでいた若夫婦が怪死したこと。
心中なのかもしれないし、病死なのかもしれない。
詳しいことは分からないが、奇妙な死であったという。
俺はその日、大学時代の友人である鈴木と心霊スポット巡りをしていた。
鈴木は助手席で目を輝かせながら、活き活きとオカルト話をしている。
運転しながら「はいはい」と適当に相槌を打つ俺。
霊を信じてないからオカルトや心霊スポットに興味がないのだ。
そんな俺の心境を察してか、鈴木は
「仕方ないな~、今日はとっておきの心霊スポットに連れて行ってやる」
と言った。
「とっておき?別にどこでも良いけどさ…
終わったらいつものラーメン屋行こうぜ。
たまには仕事の愚痴でも聞いてくれよ」
と俺が言うと
「OKOK。いつも付き合ってくれてるしな!」
鈴木は快諾してくれた。
生真面目な俺の話を親身に聞いてくれる鈴木は親友だ。
そうこうしている内に目的地に到着した。
なんてことない普通の平屋だ。
周りのモダンな家と比べると、ボロい日本家屋だから浮いてるけど。
車を降りながら、鈴木は夫婦の怪死のこと、奥に庭があることを得意気に話す。
「てか勝手に入って大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫。
塀に囲まれてる家だから入っちゃえばバレないって。」
(大丈夫じゃないだろ)と思いながらも、意気揚々と勝手口から入っていく鈴木を追いかけた。
勝手口を入ると、そこは台所だった。
鈴木は「さーて、探索探索!」と言ってさっさと奥へ消えていった。
俺も仕方なくキッチンから廊下に出て適当に歩いた。
特に広くもない家だったから、すぐに最奥の和室にたどり着いてしまった。
家具はなく、埃っぽいその部屋はゴミで散乱していた。
そして鈴木から聞いた通り、和室の窓は庭に面していた。
(なんだ、鈴木より先に庭に着いちまったよ)
その内来るであろう鈴木をここで待つことにした。
汚いなーと思いながら辺りを見渡すと、部屋の隅にボロボロのノートを見つけた。
気になって見てみると、どうやら日記のようだった。
暇だったので中身をパラパラと読んでみる。
なんてことない主婦の日記だった。
姑の愚痴や近所の人のこと、嬉しかったことなどが書かれていた。
人の日記を読むなんて、と少し罪悪感があったが、他人の日記は面白かった。
読み進めていく内に、変なことに気づいた。
ノートの終盤は、同じようなことばっかり書かれている。
「夫が庭から覗いてくる。やめてほしい」という内容だ。
特に最後のページは何行も何行も「夫が覗いてくる。」と濃い筆圧で殴り書きのように書かれていた。
気味が悪い。
車に戻ろう、と日記を床に置いて顔を上げた瞬間、俺は心臓が止まりかけた。
窓から鈴木がこちらを覗いていた。
くだらないドッキリしかけんなよ!と怒鳴りかけたが、声が出なかった。
…俺に気付かれずに、どうやって庭に出たんだ?
この部屋からしか庭には行けないはずだ…
この建付けの悪そうな窓を音を立てずに開けられるはずもない。
勇気を出して鈴木に声をかけようとした時、ありえないことに気づいた。
その窓は上半分が透明ガラスで、下半分は磨りガラスになっている。
鈴木は透明ガラスに顔の上半分を出してこちらを覗いているのだが、磨りガラスの部分には何も映っていない。
え?顔の上半分だけ?
体は?
あまりのことに声を出せず固まっていると…
「おーい、どこ行ったー?」
キッチンから鈴木の呼び声が聞こえた。
眼は相変わらずこちらをじーっと見ている。
頭がおかしくなりそうだったが、とにかくこの眼から逃れたくて、足早に台所へ向かった。
鈴木はこちらに背を向けて勝手口に座っていた。
俺は平然を装い、声をかけた。
「早いな。もう満足したのか?」
「おう、特に何もなかったしな。帰ろうぜ」
鈴木はそう言うと、こちらを見もせずにスタスタと出ていった。
一番力説していた庭を見ずに出ていくなんて…
鈴木の様子に違和感を感じたが、もうここにはいたくないので俺も出ることにした。
最後に、振り返って和室の窓を見た。
上半分の顔はまだあった。
先ほどより眼を見開いてこちらを見ている。
…俺は逃げるように家を出た。
路駐してあった車に乗り込もうとするが、鈴木がいない。
早くここから離れたいのに、とイライラしながら鈴木に電話をかけようとした時、
「いててて、やっぱ無理だったわ~」
と、鈴木が塀の隙間から出てきた。
「は?お前何してんの?」
すると、鈴木は呑気にこう答えた。
「いやー、やっぱここに来たら噂の庭、行きたいじゃん?
だからこの塀の隙間を通ろうとしたんだけど、さすがに無理だったわ~」
え?お前さっきまで中にいたじゃないか。
満足してもう帰ろうって言ったじゃん…
何がどうなってるんだ?
「やっぱり噂通り家の中からじゃないと庭に行けないんだな。
俺、中行って来るわ。一緒に行くかー?」
俺は頭がおかしくなったのだろうか……
窓から覗いていたのは誰?
勝手口に座っていたのは誰?
今目の前でいつものようにふざけているお前は誰だ?
俺は首を横に振ることしか出来なかった。
鈴木は「じゃあ一人で見てくるわー」なんて言いながら家の中に消えた。
車の中で待つこと15分。
鈴木は帰ってきた。
どんな時も陽気で騒がしいヤツなのに、帰りの車の中で鈴木は一言も喋らない。
ずっと窓の外を眺めている鈴木は不気味だった。
約束していたラーメン屋に行き、二人でラーメンを食べる。
愚痴を聞いてもらおうと話しかけてみるが、鈴木は気のない返事しかよこさない。
一体どうしたんだよ…と鈴木を正面から見た時、俺は硬直した。
利き手が違う。
鈴木は左利きのはずだ。
なのに右手に箸を持ちラーメンを食べていた。
ラーメン屋を出て、俺は動揺を抑えつつ鈴木に言った。
「いつもこっからは歩いて帰ってるよな?
んじゃまた。近々遊ぼうぜ」
「おう、そうだな。
いつも通り歩いて帰るわ」
鈴木はそう言って駅の方へ歩いて行った。
(いつも家まで送ってるじゃないか…
歩いて帰したことなんて一度もないよ…)
親友にはもう二度と会えないんだろう。
そう確信した俺は静かに泣いた。
あの日以来、鈴木とは一度も連絡を取っていない。