禍話リライト:フジサキ君
職場の先輩Aさんが久しぶりに出社してきた時の話をする。
昼休みにご飯も食べず、何か悩んでいるAさんを見かけたので声をかけた。
「Aさん、何か引継ぎで分からない事ありました?」
「あ、いやいや。仕事の事で悩んでるんじゃないんだ。家庭のことだからさ。」
私はAさんには入社時から何かとお世話になっていたので、力になりたいと思い
「もし良かったら今夜飲みに行きませんか?私で良ければ話聞きますよ!」と言ったが
「ありがとう。でも早く家に帰らなきゃいけないからさ。またにしよう。」
と、断られてしまった。
「早く家に…ですか。分かりました!ではまた次の機会にでも。」
Aさんの言葉に少し引っかかるものはあったが深く追求するのはやめて、午後の仕事に戻ることにした。
その日の就業時間後、やり残した仕事を片付けるために残業していた私は、仕事が一区切りついたのでふと周りを見渡してみるとAさんと、Cさんという女性が同じく残業をしていた。
2人も仕事がひと段落したようで、皆で退勤しようか~という空気になった時、Aさんがぼそりと呟いた。
A「お前たちには話してもいいかなぁ」
C「何ですか?」
A「いやね、今日ずっと悩んでた事なんだけど…」
私「!何でも聞きますよ。話してください」
A「ほんと馬鹿みらいな話でさ。家庭のことなんだよね。」
Aさんはへらり、と笑いながら話しだした。
A「昨日の夕礼で『明日から復帰します。』って俺挨拶しに出社しただろ?それで上司とちょっと話してから家に帰ったんだよ。確か19時位かなあ。
玄関のドア開けたら線香の匂いがふわーってするんだよね。」
C「ん?お線香の匂いぐらいするんじゃないですか?」
A「うーん。。それで何か変だなぁと思ってたらさ、家の電気が点いてないんだよ。嫁も子供も家にいるはずなのに。」
私「…奥さんもお子さんも家にいたんですか?」
A「うん、玄関に靴があったからね。可笑しいなと思いながらリビングに入ったら、二人ともソファに座ってたんだよ。でも嫁も子供もなんか沈んでてさ。
『どうした?電気も点けずに』って声をかけたら嫁が
《お葬式があったのよ》
って答えたんだ。二人をよく見たら喪服着てて。
誰のお葬式?って聞いたら今度は子供が
《フジサキ君》
って。フジサキ君って知らない名前だったからクラスメイトなのかな?と思いながら電気を点けようとしたら
《やめて!点けないで!》って二人が凄い勢いで言ってくるんだよ。
泣き顔見られたくないのかな、と思って結局電気は点けなかったんだけど。
『フジサキ君とは仲良かったの?急に亡くなっちゃったの?』
って聞いたら、嫁が《棺の蓋が開いてなかった》と。
事故か何かで凄惨な死に方だったのか、これ以上聞いたら悪いかもと思ったんだ。
だから『大変だったな。』って適当に相槌うって冷蔵庫のビールを出そうとキッチンに歩き出したんだ。
《フジサキケイタ》
って嫁が突然言ってきて。亡くなったフジサキ君のフルネームらしいけど、いきなり何だよと思ってたら
《知らない?》
家に来た事でもあるのかな?でも子供の友達の名前なんて一々確認してないから
『知らないよ。』って答えたんだ。
そしたら子供まで
《フジサキケイタ君だよ、知らない?》
みたいな事を言ってくるんだよ。
『ごめん、記憶にないなぁ。』
って返してんのに、二人は何回も何回も聞いてくるんだ。
《フジサキケイタ君、知らない?》
《フジサキケイタくん、知らない?》
よっぽど仲良い友達だったんだろうな、酷い死に方でショックを受けたのかな。嫁も仲良くしてる家の子だったのかなぁ。あんまり刺激しない方が良いか、と思ってキッチンに突っ立ってビール飲んでたんだよ。
なのに、またずーっと
《フジサキケイタ君、知らない?》
《フジサキケイタくん、知らない?》
って言ってきて。
(知らないってば。しつこいなぁ)って思ってたんだけど、何度も何度も聞いていたらふと思い出したんだよ。
二人には結局言わなかったけど、フジサキケイタって俺の中学の時のクラスメイトでいたんだよ。暗くて地味で、いじめられっ子でさ。
ぶっちゃけ俺も虐めグループの一員だったんだ。って言っても主犯じゃなくて末端だけどね。たまに教科書破ったり、パシリに使ったりしてたんだ。
C「じゃあフジサキ君って、Aさんは知ってた名前だったんですね。」
A「でもそいつは妻と子供には関係ないだろ?そんな話家でしたこと無いし。そいつとは中学卒業してから関わってない。
あ…そういえば、そいつもう虐められたくないって誰も知り合いがいない高校に行ったんだけど、また虐められたらしくて。
言っちゃ悪いけど性格が暗いから付け入られるタイプっていうのかな。
んで、結局【もう繰り返しは嫌だ繰り返しは嫌だ繰り返しは嫌だ】って遺書に書いて歩道橋から飛び降りたんだ。
落ちたとこをトラックに撥ねられて、遺体は酷い有様だったって聞いたな。
嫌な記憶だから思い出さない様にしてたんだけど、、
まぁ妻と子供が言うフジサキケイタ君とは関係ないと思って言わなかったんだ。でも
《フジサキケイタ君、知らない?》
《フジサキケイタくん、知らない?》
ってずっと言ってくるんだよ。」
偶然にしちゃ気持ち悪いよな、と語るAさんに
C「え、それ大丈夫なんですか…?」
Cさんが恐る恐る尋ねると
A「もう埒が明かないから先に寝ちゃったよ。」
とAさんは苦笑した。
A「今朝も出社する時に妻に行ってきますって声掛けたのに
《フジサキケイタ君、知らない?》
って言ってくるし、子供も学校行くとこだったっぽいけど
《フジサキケイタくん知らない?》
だけ言って俺より先に玄関から走って出ていっちゃったんだよ。
何なんだろうな、コレ。気味悪いだろ?」
そこまで話を聞いた私とCさんは恐怖で震えだしていた。
私「あ、ちょっとコーヒーでも買ってきますよ。」
とにかく頭の整理がしたくて立ち上がると、Cさんも
C「私も行きます!3個も持てないでしょう?」と強張った声で言う。
A「お、悪いな。俺ブラックでお願い。」
私とCさんは自販機に向かって歩き出した。
Aさんが見えなくなった途端、Cさんは
C「ちょっと!何なんですかアレ!!Aさんは一体何を言ってるの?」
私「ヤバいですよね。絶対。どうしよう…。
だってAさん…
奥さんとお子さんが歩道橋から転落して、トラックに敷かれて亡くなって、
それで精神的に参ったから長期休暇取ったんですよね?」
C「そうよね。。私最初、線香の匂いがするなんて当たり前でしょって聞いてたんだけど、『嫁と子供が家にいる』って訳分からないこと言ってくるから…」
私「棺の蓋が開けられなかったのって、Aさんの奥さんとお子さんの葬儀であった事ですよね。
Aさん真顔で話してるから、冗談ってわけじゃなさそうだし言えなかったです。」
C「戻りたくないんだけど…どうする?」
私「荷物もあるし、戻るしかないですよ。ささっとコーヒー飲んで
『不思議ですねー』とかなんとか適当に言って、さっさと帰りましょう。それしかないです。」
重い足取りでAさんの所に戻ると、Aさんはまだ「うーん、どうすっかなぁ」と首を捻っていた。
Cさんを見ると、もう会話もしたくない様で俯いたままなので
私「Aさん、それもうどうしようも無いんじゃないですか?」
とブラックコーヒーを手渡しながらそう言った。
するとAさんは
A「そうだよな。ごめんな変なこと言って。俺もう仕事片付いたから帰るわ!」
聴いてくれてありがとうなー、と言いながら荷物をまとめるAさんを見て、私もCさんも
(やっと解放される…)という気持ちでいっぱいだった。
フロアを出ていこうとするAさんの背中を黙って見ていたら、ふとAさんが立ち止まってこちらを振り返り、こう言った。
A「俺、帰ったらフジサキ君のこと言ってみるわ。」
私・C「え!?」
A「もういっその事、フジサキ君のこと話してみたらどうなるか気になってさ。
どうせ今日もフジサキ君知らない?って永遠と聞かれそうだから(笑)
じゃあお疲れ様!」
と笑顔で帰っていくAさんを私たちは碌な挨拶も言えずに見送る。
私はAさんの思い付きが良い方向に向かうとはどうしても思えなかったけど、どうすることも出来なかった。
結局Aさんは二度と出社してこなかった。
上司に尋ねても
「うーん…まぁ何ていうか、立ち直れなかったみたい、だね。」
と気まずそうに言うばかりで、それ以上の事は絶対に教えてくれなかった。