洒落怖マニア

独断と偏見で集めた怖い話

工業会社の女

この話はどこまでが本当に起きた事なのか分からない、と言う。

「実家から電話が来て、出たら母親が『小学校の同窓会のハガキが来てる』って教えてくれたんです。」

Kさんは就職のため上京して一人暮らしをしていた。

「お盆や年末年始に帰ってもよかったんですが、東京にも友人が出来てそれなりに忙しかったですし……それに盆正月の混んでる時期に帰るのってお金かかるんですよね。」
そういう訳で5年以上、帰省せずにいたそうである。

しかし小学校の同窓会とは珍しい。
あいつら、どうしてるだろう。もうすっかり大人だよな。まあ出てみようかな。

人が沢山集まる場所は苦手だけど、久しぶりの帰省も兼ねてるしと、Kさんは母親に「出席」に丸をつけて返信しておいてくれるよう頼んだ。

地元のホテルで開かれた同窓会は、それはそれは盛り上がったそうだ。
高校まで一緒だった者はもちろん、長く会わないままの者もいた。
こちらが独り身ならあちらは既婚者、さらには離婚した者など様々な人生があった。

15年近く前の記憶なのに意外と覚えているもので、同級生達と昔話に花を咲かせては大笑いして楽しい時を過ごした。
あまりにも楽しかったので、Kさんは普段飲まないお酒をかなり飲んでしまった。飲みなれていないKさんは(あぁ、飲みすぎたな少しタガが外れてしまってるな。)と酔った頭でぼんやり自覚していたという。

さて、ホテルでの大騒ぎが終わり駅前の居酒屋で開かれた二次会へとなだれ込んだ。
みんな酒が良い感じに入っていて、つまらない事でもげらげらと笑う。 
ホテルでは「久しぶり」「昔のままだな」「子供は何歳?」など、当たり障りのない会話だったのに、居酒屋へ場所を変えたこともあり、砕けた雰囲気になっていく。

「これもお酒の勢いってヤツですかね…気付いたらあまり親しくしていなかったヤツらと同じテーブルに座っていたんです。」

Kさん以外は皆男3人"長年の親友3人組"。そんな不思議な取り合わせのテーブルになっていた。
名字は覚えている。でも下の名前は不確かだ。ただそれは、あっちの3人も同じだろう。
とは言えかなり酔っているし、小学生時代の先生がどうだったとかあの遊び場がこうなったとか、思い出話が笑いと共に延々と続いた。

幹事が「では本日はこれで締めます!この後は各自のグループで3次会するなり好きにやってください!」と言い、居酒屋を出ることになった。
「Kはもう帰る~?」
3人組の内の一人が聞いてきた。
「うーん、そうね。流石に三次会は厳しいかな。」
「だよなぁ。仕事もあるしな。」
「んじゃ、俺の家こっちだから!」
「お、俺達もこっち方向なんだよ!一緒だな!わははは」
という流れもあり、4人でたらたら歩いて帰ることになったという。

Kさんの地元は、駅前や大通りは開けていて明るい。
でもそこから一、二本ばかり路地に入ると、途端に暗く静かになる。
街灯も少なく、民家の灯りも消え、ひっそりとしている。

大体の方向が同じという事で適当に3人について歩いていたが、Kさんはこの辺りを歩いた事があまりなかった。
地元とはいえ知らなかったな。ここオフィスとか会社がこんなにあるんだ……
3人と談笑しつつもKさんがキョロキョロしていると、一人が言った。
「あ、Kってこの辺あんま知らない?」
「うん。ここから反対側のあっちの方の高校に通ったからさ。」
「……俺らこの辺が高校の通学路だったんだ!」
「そうそう、ここはもう俺らの庭みたいなもんよ。」
「庭じゃなくてここ道だろ?(笑)」
と、くだらない会話でも酔った4人は大笑いであった。

しばらく進んでいくと、一人が「あ。」と声を上げた。
「ここ 螻ア譛●工業じゃん!」 
「……え?」

Kさんは「螻ア譛●工業」の、社名と思われる部分が聞き取れなかった。
酔いで自分の耳がぼけているのか、相手の呂律が回っていないのか。そのどちらかだと考えた。

しかし残りの2人も
「本当だ!螻ア譛●工業だわ!」
「螻ア譛●工業?どこ?」
と言う。
どうやらKさんだけが、「 〇〇工業」なのか聞き取れないらしい。
変わった発音の会社なのかなぁ、と思っていると
「ほら、あそこだよ。」
指差す先に目をやってみると、暗闇の向こうに建物が見える。
見るからにずっと放置されている廃墟だった。

「そうかそうか。そういえばこの道だったな!」
「何年ぶりだ?10年?」
「そんくらいかもな。」
「もうそんなになんのか~。」
話題にまったく乗れないKさんは、盛り上がる3人の横で曖昧な笑みだがとりあえず笑っておいた。

「あっ、ごめんごめん。Kは分かんねぇよな。」
「Kは反対方向の高校に行っちゃったもんな!」
「うん。ここら辺の事は全然知らなくて。」とKさんは答えた。

「さっきも言ったけど、ここは俺らの高校の通学路だったんだよね。」
「で、あそこ。同じ高校だった菴仙キgって奴の父親が経営しててさ。」
また聞き取れない。今度は友達の名前らしい。
「菴仙キgってのは同級生な。その父親が社長やってたんだけど、すっげー俺らに理解があってさ。たまり場、って言うと不良みたいなんだけど。」
「いやいや、俺ら不良だっただろ(笑)」
「うるせー。で、菴仙キgも親父さんもそこで俺らがダラダラしてるの許してくれて。お菓子とかジュース出してもらったりしてたわけよ。」
「そうそう。まじで天国だったわ~螻ア譛●工業でたむろしてた頃は…」

螻ア譛●も菴仙キgも何故だか一文字も理解できない。その単語を口にする時だけ、手で口を押さえているように、全く聞き取れない。
だが不思議と、Kさんは聞き直してみる気にはならなかったそうである。 

「理由は無いんです。本当になんとなく、ただ聞かなかったんです。」

社名や名前を尋ねる代わりに、少し気になったことを聞いてみた。
「その会社、どこかに移転でもしたの?」
「あ…。それがさ、高校卒業する前に潰れちゃったんだよ。」
1人がそう答えると寂しそうな顔になり、残りの2人も顔を曇らせた。

「そっか、潰れちゃったんだ…」Kさんがそう言うと、3人はこう続けた。
「まぁ色々あったんだよね。だからあそこを買う人も取り壊す人もいないのよ。」
「そうそう。変な事とか、超やばい事も起きたしなぁ。」
「会社が潰れて、社員が3人くらい首吊っちゃって。」
「えっ?」

首吊り?いきなりとんでもない話になった。
Kさんの頭が追いつく前に、別の奴が言った。
「違うよ!反対。社員が3人位首を吊ったから潰れたんだって。」
「あーそうだ!潰れてから死んだんじゃなくて、死んだから潰れたんだった。逆だ逆。」
「あれ、そうだっけ?」
彼らはへらへら笑いながらそんな会話を交わしている。

Kさんには事情がさっぱり分からなかったが、酔った頭が急激に冷えていくような感覚がした。嫌な予感がする。
「えっと、経営が上手くいかなくなったとか?パワハラとか?」
「うーん。俺らが1年生の頃は平和だったんだけど…ほら、親父さんが諤ェ縺励>やり始めたじゃん?」
またしても聞き取れない。
「あぁ、諤ェ縺励>な。」
「諤ェ縺励>、気持ち悪かったよな。あれ何だったんだろ。儀式的な?」
やはりKさんだけ聞き取れない。残りの3人は平気な顔をして会話を続けている。

3人の会話は歩きながらも続いている。
先ほどまで酔ってゆっくりとした足どりだったのに、どんどん足早にその工業会社へと近づいていく。
「最初は普通だったんだけどな。」
「験担ぎみたいな?軽い感じだったよな。」
「だったのに来たじゃん。ほら、あの女が。」
「そうだそうだ。親父さんの親戚だっけ?」
「あの女が来てから急にヤバくなったんだよな。」
「お香焚いたり、変な粉?を体中に塗ったりな。」
「決まった時間にどっかの方角に向けてぶつぶつ言いながら土下座とかしてたじゃん。」
「お祈り?祈祷みたいな。」
「あの女が指示してな。『これで良くなりました。』とか言って。気持ち悪かったよな~。」
「俺達にもやれとかって言ってきてたよな。」
「言われた言われた!でも俺達ももう近づきたくなくってさ。出されるお菓子も最初はマドレーヌとか上手い物だったのに、あの女が来てからは味のしない変な菓子ばっか出てくる様になったんだよな。」
「まぁそんな感じでカルト的な事に手出しちゃってたのよ。それが色々拗れてさ。首吊った人達は自殺というか、なんて言うんだろ。生贄?」

生贄?

Kさんは怖くてたまらなかった。深夜にこんな寂しい所で聞きたくない話だ。

Kさんの思いは届かなかった様で、3人は螻ア譛●工業の話を続ける。
「まぁ変な女とは付き合うな!って事だよな。親父さんの死も結局謎だったし。」
Kさんはぎくりとした。社長まで死んでしまったのか。
「親父さんは自殺じゃないよな。確か変死だっただろ?」
「え、マジで?」
「葬式行ったじゃん?そん時親父さんの棺桶の窓、ずっと閉じたままだったじゃん。あれって顔も見せれないご遺体って事だぜ?…あ、ほら。ここがその会社」
3人の足が止まった。Kさんは伏せていた顔を上げた。

外壁に囲まれた土地で、門があった。そこから入ると、すぐに建物がある。
2階建ての普通の建物だ。もちろん灯り等はついていない真っ暗な廃墟だ。
Kさんは門にかけられた看板を見る。
「工業」の文字ははっきりと読める。だがその前が読めない。螻ア譛●の部分だけモヤがかかったようにぼやけている。
酔いのせいなのか?Kさんは目をこすってみたものの、やはり見えないのだった。

会社を眺めていた3人の内の一人が「あれ何だろ。ドアの所になんか落ちてる。」と言った。
Kさんも目を細めて見てみると、確かに平べったいものが落ちている。街灯が少ないので見えづらかったが、目を凝らしてみると四角い物に持ち手が付いている。
「あ、あれカバンだわ。」
声につられるように、4人は門から中へと入った。

建物の出入口のドアの前に、それは落ちていた。
ノートPCが入るくらいの大きさのカバンだった。古いデザインの、おじさんが持っている様なビジネスバッグのようだ。
何故こんな所にカバンが置いてあるのか。落とし物?こんな廃墟の前に?などと言葉が交わされる。

「開けてみる?」

気味の悪さより、好奇心が勝った。お酒が入ると気が大きくなるとはこの事か。
一人がしゃがみ、カバンのチャックをじりじり開けていく。

カバンの中は色々な文字が書かれた藁半紙がみっちりと詰まっていた。それはどれも読めない文字で、Kさんは護符か呪符の様だと思った。
藁半紙の隙間に何か枝の様な物も沢山入っている。
枝だと思ったそれをよく見てみると、どれも先が3本に割れていて…
「これ鳥の足だ!!」
一人がそう叫ぶと
「これアレだよ!菴仙キgの親父がいつも持ってたカバンだよ!」
「うわっ!!そうだ!」
別の奴も叫ぶ。

「諤ェ縺励>の時に持ってきてたやつだ!この紙と足も俺見たことあるわ!」
「ちょっと待てよ!このカバン、親父さんが死んだ時に棺桶に入れて燃やしたんじゃなかったか?」
「そうだよ!それが何でこんなとこに落ちてんだよ?」
「ありえねぇ!」
「どうなってんだよ!!」

焦る3人を見てKさんはどんどん不安になってきた。
「俺達ここにいちゃヤバくねぇか!?」
と一人が叫ぶように言った。

その時。

バン!!バタバタ!!!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!

建物の二階から突然もの凄い音が聞こえた。
誰かがドアを開け、どたばたと存在を誇示するかの様に歩いて、階段を降りてくる音だ。
こちらに近づいて来ているのだ。

「うわっ!ヤバいヤバいヤバいヤバい!!」
「早く逃げよう!!」

3人が踵を返して走り出した。出遅れたKさんも彼らに続いて走り出した。
振り返らずに門を駆け出る。
その直後、カバンが落ちていた出入口のドアがバンッと開き、バタンッと勢いよく閉まる音が響いた。

なにかが出てきた。

人気のない深夜の道を先を行く3人が「ヤバいヤバい!」「早く逃げろ!」「うわー!」と叫びながら走ってゆく。
Kさんはこの辺りに詳しくない。このまま彼らを追うか別の道に折れるか迷った。

が、その迷いは一瞬で消え去った。

ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ

自分の真後ろから、何者かの息遣いが聞こえた。
振り向いただけで手が届いてしまうような距離だ。

ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ

その息遣いは先ほどの足音と同じ様に、自分を誇示するかのような呼吸音だった。

Kさんはとにかく走った。
だがここ数年、全速力で走ったことなどない。すぐに脇腹が痛くなる。 
前を行く3人は半狂乱で疾走していく。追いつけない。
苦しい。肺が痛い。
ついに足がもつれ、Sさんは転んだ。

痛みを感じた刹那、真後ろから追いかけてくる存在を思い出した。
心臓が大きく脈を打った。もう駄目だ!!Kさんは頭を抱えて身構えた。

………………何も起きない。

「…え?」
Kさんは体を起こし周りを見てみた。

誰もいない。気配すらない。あの呼吸も聞こえない。転ぶ直前まで聞こえていたのに…

息が整って落ち着いていくに従って、Kさんはおかしな事に気づいた。

自分達は門を出て右に走り出した。
そしてしばらく走り左に曲がった。
そこからまた走って左に曲がる。
また左に。
そして左……

自分達は逃げていない。
この工業会社の外壁を、ぐるっと一周しているだけだったのだ。

ふと耳をすませば、3人の「うわー!」という叫び声が聞こえてくる。
向こうの角を曲がり、もう一度左に曲がれば、またここに戻ってくる事になる。

何故だ?意味がわからない。

予想通りに、角を曲がって3人が走ってきた。
見開いた目は焦点が合っていない。正気を失っている。
Kさんの姿も目に入らないらしい。
「うわー!」「捕まるなよ!逃げろ!!」と絶叫しながら、Kさんの横を素通りしていった。

ここでこのまま待てば数分後に彼らは戻ってくるが、冷静さを欠いていたKさんは早く教えてあげなくては、と思い
「ちょっと待てって!おーい!」
と痛む足を引きずりながらしばらく追いかけた。
が、もちろん彼らに追いつけるわけもなく声も届かない。

しばらく進んで、螻ア譛●工業会社の門までたどり着いた。
そこでようやく、待機していれば3人が再びここを通る事に思い至ったのだという。

壁に手を当てながら体を休めつつ(あいつら早いなぁ。何周してるんだ…。)と考えていた時。
ふと気配を感じて、顔を上げた。

ようやく落ち着きつつあったKさんの心臓は、一瞬止まった後激しく動き出した。

さっきカバンが落ちていた場所に、女が立っている。
決して騒ぎに通報した近隣の住人などではない。

女は服を着ていなかった。
真っ赤な布を、首から下の全身に無理やりぐるぐるに巻きつけている。
そして信じられないくらい痩せていた。
その女は両手を、顔の前に突き出している。手のひらを自分の方に向けて。
その左手の指が3本ほど、折り曲げられているのが見えた。

誰だ。何なんだこの女は。

Kさんが息をすることも出来ず硬直していると「うわー!」と後ろから声がした。
「何か」から逃げ続けている3人が、また一周して来たのだ。

女の事があってKさんは声をかける事が出来なかった。
彼らはKさんの横を通り、門の前を凄いスピードで駆け抜けていく。

女は微動だにしなかった。
だが彼らの姿をわずかに目で追った後、女の左手の薬指が、きゅっ、と折り畳まれた。

そして女は言った。

「 ろぉーーーく………… 」

 ──俺達が何周回ってるか、数えてるんだ。

Kさんは跳ね上がり、さっきとは逆の方向へと走り出した。
体の痛さも忘れて、一度も曲がらずにひたすら真っすぐに走った。

するとあっさり見慣れた大通りに出た。
タクシーを拾い遠回りして家に帰った次の日、彼らに連絡をとろうとした。
居酒屋で電話番号やメールアドレスを教え合ったのを思い出したのだ。

しかし、Kさんの携帯に彼らの連絡先はなかった。
送られたメールも、かけた着信履歴も、何もかも残っていなかった。
「絶対に交換した直後に電話したし、電話帳に登録したんです。酔って登録を忘れたとしても、履歴まで消す筈ありませんよね?」

東京に戻ってからも、Kさんは彼らに連絡を取ろうと試みた。
しかし、そもそも小学校の同級生なので縁が遠い。
普段連絡を取っている友達に聞いて、友達の友達~という線を当たったが、彼らは3人で完結したグループだったらしく誰も連絡先を知らない。

地元に残っている友達が言うには、あの夜に怪我人が出たとかいうニュースや噂はないらしかった。
それとなく「工業会社」についても聞いてみた。昔変なことがあって潰れた会社はなかったか、と。
「うーん…聞いたことないなぁ。」
何人かに尋ねたが、皆そのように答えるのだった。

Kさんはあの晩の出来事を、
酔っぱらって集団パニックを起こしたんだ。仮に本当に何かが起きたのだとしても、ニュースになっていないという事は、彼らは無事に帰ったはず。きっとそうだ。
そう割り切って、忘れる事にしたのだそうだ。

──さて、この話には後日談がある。

同窓会から半年程後、女友達によく当たるという占い師がいるので一緒に行こう、と誘われた。
駅近くの路上に、その占い師は店を出していた。
人気があるらしく、何人も並んでいた。

30分程待って、ようやく自分たちの番が来た。
「よろしくお願いします」
挨拶して、女友達と一緒に椅子に座った。
腰かけた瞬間、一息つく間もなく占い師は言った。

「あなた、とても際どいところでしたねぇ。」
「え?」

占い師はKさんの目をじっと見て、続けた。
「名前が聞き取れなかったのは、本当に良かったですよ。」

あの3人がどうなったのか、未だに分からない。