Mさんはある日、友人に頼み事をされた。
「悪いんだけど、今日ちょっとだけ俺の用事に付き合って欲しい。」
その友人というのは金持ちのボンボンだけど、嫌みが無く気さくなヤツだったから皆に好かれていた。
金欠の時に気前よくご飯をご馳走してくれる事もある。そんな友人の頼みだ。無下には断れない。
「なに、どんな用事なの？」と聞くと
「俺の親戚にさ、人間のクズみたいなのがいるんだよね。」
「え、お前の親戚なら皆人格者のセレブじゃないの？」
「いやいや、セレブな環境だからこそよ。努力もせずにフラフラしちゃう奴が出てくんだって。」
なるほど…とMさんが思っていると、友人は話を続ける。
「んで、そのクズはチャラいやつでさ。見境なく女の人に手を出してトラブルになるのがしょっちゅう。家名に傷がつくのを恐れてる親族が、今までは金の力でもみ消してたんだけどさ。
クズはもみ消してくれるならラッキーとばかりに、次から次へとトラブル起こすわけよ。
んで親族ももう家置いておけなくなったみたいで、一人暮らしをさせる事にしたんだ。
つってもアパートとかじゃなくて、立派な一軒家だけどな。」
友人は苦笑しながら語った。
「一軒家か、やっぱ金持ちは凄いな。
でも一人暮らしなんてさせたら、余計に好き放題するんじゃないのか？」
と単純に浮かんだ疑問を投げかけると
「それがさ、最近は全然派手な遊びをしてないらしいんだよ。」
「お、家を追い出されて反省してるってこと？」
「…いや。俺、あの家のせいだと思う。」
友人は少し暗い表情でぽつり、と言った。
「家？どういう意味？」
「親戚がクズに与えた家ってのは元々親戚の持ち物で、前は借家として貸してたんだ。
んで、クズが住む前に住んでた人達が普通じゃなくてさ。土葬する人達だったんだよ。」
「は？土葬？」
「そう。人が死んだら火葬するのが普通でしょ？てか法律でそう決まってるから皆火葬するじゃん。
でもその人達は変な信仰？があって、火は災いだとか、死者を灰にしてはいけないみたいな考えだったらしい。だからその人達の関係者が死ぬと、勝手に庭に土葬してたんだって。
書類とかはグルの医者に上手く誤魔化してもらって、遺体から出る臭いは色々対策してたから、中々バレなかったらしい。
んで、ある時怪しんだ近隣の人の通報で調べに入ったら、裏庭にでっかい土の盛り上がりが大量にあって。側には埋まってる人の名前が書いた石？みたいな目印があったから土葬が発覚。そっからはもうえらい騒ぎ。
貸してた親戚は大激怒で住んでた人達を即座に追い出して、警察とか立ち合いのもと埋まってた遺体は全て回収させたんだけど…遺体が大量に埋まってた家なんて、誰も住みたがらないじゃん。
近所の人達にもゾンビの家だとか、カルト集団のアジトとか噂されてたし。」
ため息をつきながら話す友人は続ける。
「てな訳で、クズがその家に住むことになったんだ。クズは遺体が埋まってたなんて知らないんだけどね…。」
「なんつーか、やっぱり金持ちって凄いな。色々と。」
「だろ？で、毎月決まった額のお金をクズに渡しに行ってるんだけど。その時に自立に向けて今月はこんな事をしました、みたいなレポートをクズに提出させるんだ。お金はそのレポートと引き換え。
前は叔父さんがやってたんだけど、いきなり『あの家にはもう行きたくない。』って言いだしちゃって。なんかあの家に行った後は必ず体調を崩すらしい。
てことで俺がちょっと前から行ってるんだ。俺は別に具合悪くなった事はないけどね。」
ここで一度ふぅ、と息を整えて友人は続けた。
「…笑われるかもしれないんだけど、あの家にいる時に腕を撫でられる感覚がするんだ。勘違いだと思うけど。で、今からその家に行かなきゃいけないんだ。」
しばらく黙って聞いていたMさんの第一声は
「え？そんな話聞いたら俺行かないよ？」
友人は頼む！と手を合わせる。
「頼れるのはお前だけなんだって！他の奴はすぐ逃げ出しちゃって話もまともに聞いてくれない。
まじで頼む！夕飯奢るから！！」
最後の一言に大きく揺れた。給料日前の一食分はデカい。
「分かったよ。俺は何もしなくて良いんだろ？」
「まじで助かる！黙って横にいてくれれば良いんだ。一人で行きたくないだけだからさ。」
「よし、じゃあ付いてってやるよ。行くか。」
そう言って二人で向かった先は、お屋敷のような本当に立派な一軒家だった。
チャイムを鳴らし、門をくぐると、そこから屋敷まではまだ距離があった。豪邸だ。
玄関を目指して歩いていると、なにか変な臭いがした。
といっても先ほどの話から連想するような腐敗臭ではない。
あたりを見回すと、庭の片隅にセメントの袋と、セメントを練る為の道具一式が置いてある。
「なんだろ。庭いじりでもすんのかな？」
友人も疑問に思ったようで、セメントを横目で見ながら玄関に向かった。
玄関に着くと既にドアが開いていて、中から"元チャラ男"みたいな男が顔を覗かせていた。
（なんか普段は優しいけどキレると豹変するホストみたいな人だな……）
「どーも。一ヶ月ぶり。上がって上がって。冷たい茶でも出すからさ。」
へらへらと喋る男に、友人が尋ねた。
「庭にセメントの道具がありましたけど、庭を改装するんですか？」
「あーあれね。そうそう。庭見てくれる？見た方が早いからさ。」
男が案内した庭は異様な状態だった。
あちこちにコンクリートがドーム状に盛り上がっていて、それが綺麗な一面芝生だった庭に水玉模様のようになっている。
明らかに素人がやったような雑な状態で、汚いの一言だ。
「えっと、これは何ですか？」
友人が思わず聞くと、男が答える。
「俺クーラーとか冷房の風邪が好きじゃないから窓開けて寝るんだけど、覗いてくるんだよね。」
（……覗く？）
「テレビとか音楽がうるさくて近所の人が来るとかですか？」
と尋ねると、と男は首を横に振る。
「庭から顔がさ、ヒュッて覗くのよ」
「は？」
ドラッグでもやっているのか？と男の顔をまじまじと見たが、目も虚ろじゃないしまともに見える。
「人の顔が家の中を覗くんだよね。目までの時もあれば、鼻とか顎まで見える時もあるんだ。
これどうしよっかなーと思って、最初は石とかバケツとか置いたんだけど意味なくて。
そんで次はコンクリで固めてみたら出て来なくなって！
あ～良かった。と思ったら別のとこから出て来ちゃうんだよね」
全くもって訳がわからないが、当たり前のことを言っているような顔をして話す男が薄気味悪い。
「これがモグラ叩きみたいでさー。
お前らからしたら面白いかも知れないけど、こっちは勘弁してくれって感じなのよ。」
（全然面白くないんだけど…）
「で、しょうがないからコンクリをあちこちに固めて凌いでるってわけ。
見られるだけなら平気でしょ？って思うだろ？
いやー、あいつら嫌な目付きでさ、ジトーッとした目でずっと見られると寒気がすんだよ。そんで具合も悪くなる。
これは良くないなーと思ってコンクリで蓋してんだけど、キリがないよ。何個も何個も出てくるから。」
もう聞きたくない。早くここから出たい。
友人もそう思ったのか、男の話を遮るように
「あの！これ今月のお金です。」
とお金の入っている封筒を男の前に出した。
「あーはいはい。じゃ、これが俺の今月のレポート。〇〇さんに渡してね。」
男も封筒を友人に渡す。封筒に書かれていた宛名の字がとても綺麗で、その意外さにMさんは驚いた。
「では、また来月来ますね。」
さっさと挨拶を済ませ、友人と早足で家を出た。
門を出てからも二人で黙々と住宅街を歩き、人通りの多い道に出た所でやっと足を止め、
「おい！あの人おかしいだろ！前からあんな感じなの！？」
「うーん。前は会話が不自然にちょっと止まって庭見てるな、って時はあったけど…それ以外は普通だったんだけどな。」
友人は付き合ってくれてありがとう！と何度も頭を下げながら
「とりあえず腹減って来たし飯行こうぜ。」
と、近くのファミレスに入った。
一通り食べ終えて満足したMさんがトイレから帰ってくると、友人が凄く険しい顔をしている。
「どうした？」
「あ、いや。手紙の内容がさ…」
「あー、男のレポートってやつ？」
「そう。あんな状態で何を書いてるのかと思って、見てみたんだけど…」
友人が便箋をＭさんに見せる。そこには、
たすけてゆるしてくださいたすけてくださいげんかいげんかいげんかいです
先ほど見た宛名の文字とは似ても似つかない、小学生のような字で便箋いっぱいに書き殴られていた。
「それどうするの？」
「どうって……このまま○○さんに渡すしかないよなぁ。」
友人もかなり困惑しているようだった。
それから数日後。
「男のレポート渡した？どうだった？」
Ｍさんが尋ねると、友人は暗い表情で
「○○さんに渡したけど、なんにも言って来ないんだよね。
ってことはさ、あいつが前からああなってるのを知ってて無視してるってことだよな…。
あんなに助けてって書いてあるのにさ。。」
その後、何年か経ってから友人が
「あいつまだあの家に住んでるらしいんだけど、完全にヤバいらしい。」
と教えてくれたが、何がヤバいかは怖くて訊けなかった。
