洒落怖マニア

独断と偏見で集めた怖い話

蝉のいない山

真・禍話 激闘編~第3夜より~

夏の山って蝉が凄いじゃないですか。いや、山だけじゃないですね。
住宅街でもどこでも、夏といえば蝉の鳴き声!ってイメージありませんか?

でもね、その山の麓の、ある一角だけ、蝉の鳴き声が全く聞こえないんです。
おかしいでしょ?

他の生き物はいるんです。そりゃもう豊富に。
カブト虫にクワガタ、他にも沢山の種類の虫や鳥や小動物。
でも、蝉だけがいない。

その一角にあるのは、とある民家。それだけです。
有害な何かを発する電波塔とか、そんなのは無くて。ただ一軒の民家があるだけ。

その民家にかつて住んでいたのは、お父さんと小学生の娘。
娘はあまり学校に馴染めない子だったようで、お父さんが自然の中でのんびり暮らそうと提案し、都会から引っ越してきたそうな。
しかし、引っ越して来てからわずか半年程で娘が衰弱死してしまった。
虐待を疑われたりしたが、どうも違ったらしい。
お父さんもその後どこかへ引っ越したのか忽然といなくなり、結局よく分からないまま家は放置され荒れ放題。
そして現在。立派な廃墟になったそうだ。

そんな廃墟の噂をどこからか聞いて、肝試しにやってくる連中がいるんですよ。
でもね、夜に行くと本当に怖いみたいで。
そこに着くまでの道中は、うるさいほど蝉の鳴き声がミンミンジージー聞こえてるのに、民家の近くだけ噂通り、全く蝉の鳴き声がしない。

生き物が反応するって怖いじゃないですか。
猫が何も無い所に向かって威嚇したり、犬が吠えて逃げ出したり…それと同じ感じですかね。
だから面白半分で行った人たちも、家を敷地外からちょっと見ただけで引き返すんです。
本能が危険を察知するんでしょうね、きっと。

でも、中には危険を顧みない人もいるんですよ。
その3人組は、家の敷地に駐車しました。

運転手のAさんは、敷地に入った時から悪寒が止まらなかったんですって。
何だこれって思うくらいゾクゾクが止まらなくて、寒くもないのに手が震える。
心を落ち着ける為煙草に火をつけようとしたけど、手がブルブル震えてまともに持てないくらいの悪寒。
流石にヤバいと思ったのか、後部座席に座っているBさんとCさんに向かって
「ごめん、俺ちょっとやめておくわ」
と言いました。

Bさん、Cさんの二人からは
「えー、ここまで来て何だよ!意気地なしめ(笑)」
と馬鹿にはされたが、無理矢理連行されることはなかった。

Bさん、Cさんは車を降りて家の周りをぐるぐると観察しはじめた。
落書きもないし、窓が割られた様子もない。誰も入ったことがないみたいだ。
そして、二人は窓を割って家の中に侵入しようとし始めた。

それを見ていたAさんは、何故かその時(絶対ダメだ!)と強く思ったそうで、二人に向かって
「おい!やめろ!!!!」
と叫んだ。

普段は温厚なAさんが叫んだことで、BさんとCさんは少し驚いた様だったが
「どうしたよ、急に。お前そんなキャラじゃないぞー(笑)」
なんて言いながら、制止を無視して家に入って行ってしまった。

Aさんは、二人が家の中に入るまでは(駄目だ!やめろ!!)と焦っていたが、入って行ってしまってからは何故か(あぁ、もう駄目だ。)と焦りが1%もなくなったそうです。
もう駄目だ、助からない。と医者が匙を投げる時みたいに。

(あと自分に出来ることは家の中に入らないことだけだ。あの二人はもう助からないし。)
とやけに落ち着いてしまって。煙草をぷかぷか吸って車で待ってたんですって。

しばらくして二人は戻って来た。
「特に何もない、普通の家だったぞ」
「仏壇はあったじゃん。噂通り女の子の遺影みたいなのもあった。」

Bさんは仏壇を見て怖くなり、手を合わせてきたそうで。
方やCさんは仏壇も遺影も無視して家の中を探索してたと。

Aさんは二人の話を聞きながらも(どうせこの二人は助からないしなぁ)と上の空で、「ふーん。」と適当な相槌しか打たなかった。

「ほんじゃ、帰りますか」
その家の敷地から車を出そうとした時、Aさんは見た。
庭の藪の中に初老の男性が立っていて、こちらに向かって深々と礼をしている。
笑顔の男性は幽霊には見えず、本物の人間のようだった。
「どうもありがとうございました。」と言っている様な、穏やかな笑顔。
BさんとCさんは気づいてないみたいだったので、Aさんはあえて言わなかった。

車でしばらく走り、地元近くのコンビニで休憩を挟んだ。
その時にふと、(さっきまでの俺のリアクションは何だったんだ?)とAさんは思ったんですって。
必死に二人を止めて、でも無駄で。そしたらもう二人は助からないって達観してどうでも良くなって。
その達観は何だ?何故二人が助からないと分かる?
あの家から離れて冷静に考えたら、どんどん怖くなってきた。
今目の前ではしゃいでる二人が助からない?
嫌だ、怖い!と思いながらも、その日は何事も無く解散したそうです。

一か月くらい経ったある日、Aさんの元にBさんから連絡が来たんだとか。
茶店で会ったBさんは、痩せこけて別人になっていた。
癌?それとも他の大病!?と思ってしまうくらいに、げっそりとしたBさん。

「A、来てくれてありがとう。お前はあの家に入らなくて良かったよ。
 俺、まだお祓いが終わらなくて大変なんだ。」
お祓い?やっぱり何か起こったんだ…と思いながら
「そうか…。Cはどうなんだ?電話もメールも繋がらないんだけど。」
と尋ねた。

「Cは死んだよ。お祓いが間に合わなかったのかな。
 あ、それか仏壇に手を合わせてなかったからかも…。
 本当にお前は入らなくて良かったよ。
 お祓いしてくれてる人に言われたんだ、あの家は入ったらアウトだって。
 俺、ウィダーインゼリーしか食べられないんだぜ?」
「Cが死んだ…?マジか…信じられん…。
 てか、お前も食べれないって何だよ!病院には行ったのか?」
「固形物を食べると吐いちまうんだ。病院には行ったけど異常なし。
 霊的な物というか、まぁショックのせいだな。」
「何があったのか話してくれよ。」

Cさんは苦々しい顔をしながらも、あの家に行ってからの事を話してくれた。


一人暮らしのCさんは、寝る時には窓を開けてペラペラのタオルケットをお腹にかけて寝ていた。
寝つきの良い彼は一度寝たら朝まで起きる事は普段ないそうだ。
しかし、あの家に行ってからは毎晩毎晩うなされて、汗だくで飛び起きる。
一週間くらいそれが続いて、体が全然休まらないし疲れも取れない。
目の下のひどい隈を見た職場の上司から、病院に行けと言われる程日常に支障をきたしていた。

だが病院へ行っても原因は不明で、ストレスのせいにされるだけだった。
考えたくはないがきっとあの家のせいだ、と思いCさんに連絡してみると、彼も全く同じ症状に悩まされていた。
やっぱりか…と思ったが解決策はない。
睡眠薬を飲んでも飛び起きてしまう。夢の内容は全く覚えていない。

二週間ほど経ちついに体は限界を迎え、心療内科と会社からの勧めで長期休暇を取ることになった。
その休暇中、夜中の3時頃にCさんから電話が掛かって来た。
(こんな時間に何だ?)と思ったがどうせ眠れないから、と電話に出てみると、滅茶苦茶なテンションのCさんが
「俺はもう駄目だぁ!!もう駄目なんだぁ!!!」
と電話口で叫んでいる。

「どうした、やっぱりお前も眠れないのか?」

「いや、もう駄目なんだよ、駄目だ。ダメだ。だって家に来たよ。家来ちゃったよ。お前は来たか?お前手合わせてるから大丈夫かもしれないけど俺はもう駄目だわ。あーもうほら駄目だめだめダメ。あぁぁぁぁああ駄目だめだめダメ駄目だめだめダメ。ほらほらほら蝉がほr」
ブツッと電話が切れた。

何度も電話を掛けなおしたが、Cさんはその後二度と電話に出なかった。
そして電話の翌日、彼は車で海に飛び込んで亡くなったらしい。
電話の最後に”蝉が”と言っていたが、やはりあの家が関係あるのだろうか…。

その頃からBさんは睡眠薬と酒の力で、少しだけ眠れるようになってきていた。
それまではずっとうなされて飛び起きていたのだが、ある晩ふと普通に目が覚めた。
しかし体が動かない。金縛りか?
目は開いたので辺りを見回してみると、枕元に誰かがいるのが見えた。

目だけを動かしてよく見てみると、初老の男性がニコニコしながら座っていた。
そしてBさんが起きたのに気付いたのかボソボソと語り出した。

「いや、私は良かれと思って引っ越したんですよ。娘のために。
 娘は学校や周囲に馴染めない子でして、山の中で自然と触れあって暮らすのがいいと思いまして、あの家を買ったんです。
 でもね、あの山は『忌み山』っていって、女の人は入っちゃいけない山だったんですって。
 まぁただの言い伝えだろう、麓だし大丈夫かなって思うじゃないですか。
 ・・・ある時、娘が山の奥に入ってしまったんです。蝶とかウサギを追いかけてたんだと思います。
 夜になっても帰ってこないから、必死で夜中探したんですけどね、見つかった時にはもうあんな感じになっちゃってまして。」

(あんな感じって、どんなだよ…)
初老の男性は続ける。

「もちろん医者にも見せたしお祓いもしたんですけど、もう助からないって言われました。
 ただ、普通はその場で絶対に死んでるんだそうです。
 忌み山で女性がそういうことしちゃうとね。
 でも娘はしばらく生き永らえた。2か月は生きててくれた。
 だから、山の人達が許してくれたんじゃないかって思いますよね?あなたもそう思いますよね?」

この人は何を言ってるんだ?
その時、ふと気づいた。
いつもはうるさい位の蝉の鳴き声が一つも聞こえない。
寝る前までは確かに蝉の声がしていたのに。何故…?

「あの子ね、それからね、蝉を見つけるととっ捕まえてバリバリ齧って食べる様になっちゃいましてね。
 蝉以外は何も食べないんですよ。どうにかして他のモノを食べさしても吐くんです。
 昔はよくプリンをね…あ、あの子プリンが大好きだったんですよ。なのにプリンも吐いて。
 蝉しか食べない。蝉しか食べないから栄養不足でガリガリになっちゃって。
 それでね、死んじゃったんです。
 警察には私が疑われましたよ。虐待だとか育児放棄だとかね…」

「でもね。こうして時々お友達がやって来て遊んでくれるから。
 娘も浮かばれます。喜んでるんですよ。ねぇ?」
「な?そうだろ?嬉しいよな?」
と初老の男性が何故かこちらに向かって問いかける。俺は娘じゃないぞ?と思った瞬間、手が変な感触のモノに触れていることに気が付いた。

これはタオルケットじゃない…人間だ…

(うっ…!うぅ!!)
言葉を発せず動けずにいると、自分の腹の上に乗っていたソレがズズズ…と這い上がってきた。

ガリガリに痩せた小さな女の子が、這い上がって顔と顔を近づけてきた。
彼女は口を大きく開けた、と同時に何故か自分の口も勝手に大きく開いた。
そして彼女は何かを口から落とした。それが自分の口の中に入る。
ジャリジャリ、ジャラジャラとした食感。
…これはきっと蝉の一部。

「オェェェ!!!!」
えずく俺の横で、初老の男性はまた同じ話を一から始めている。

「いや、私は良かれと思って引っ越したんですよ。娘のために…」

俺はそのまま気を失った。

翌朝、鏡の中の自分はボロボロだった。
一晩でここまでやつれるのか、という程に頬は痩せこけていた。
すぐにトイレへ行き吐き続けたが蝉の破片は出てこなかった。
その代わりタオルケットが部屋の隅にぐしゃぐしゃに丸まって転がっていたことが、昨晩のアレは夢じゃないと俺に思わせた。

俺はすぐさま両親に相談して、拝み屋が知り合いの知り合いにいた為すぐに対処してもらえた。
本当に幸運だったと思う。
あの家は本物のヤバいやつだったらしく、まだお祓いは完全に終わってないけど、とりあえず命は助かった。
でも、あの夜の蝉のグシャッとした食感が頭から離れなくて、何を食べても吐いちまうようになったんだ。
ウィダーインゼリーとサプリで何とか栄養を摂ってるけど、社会復帰は当分無理だと思ってる。


「お前はほんとに、あの家に入らなくて良かったな」
と改めてガリガリのBさんに言われたんですって。