洒落怖マニア

独断と偏見で集めた怖い話

トンネルの貴族

禍話~第6夜より~

夏から続いた激務もようやく終わり、まとまった休みが取れたから、久しぶりに帰省することにした。
どうせならゆっくりのんびり帰ろうと鈍行列車に揺られて、段々と田舎景色に移り変わっていくのを楽しんでいた。

実家のある市に入った時、一人のサラリーマンが同じ車両に乗り込んできた。
見覚えのある顔だな…あぁ!中学時代に仲の良かった同級生だ!
「中田!」
思わず声をかけた。

中田はこちらに気づくと、ぱっと笑顔になり
「おいおい、こっちに帰って来てたのか!?久しぶりだなぁ!」
と再会を喜んでくれた。

特急列車を待っている間に、駅の構内にある売店で酒やつまみを買って、車内で2人宴会を始めた。
昔話や仕事の話、誰々は今どうしてるとか、話は尽きない。
あと20分程で目的地…という所で中田が
「あ、そういえばさ」と思い出したように切り出してきた。
「この先って、窓開けちゃいけないんだよな」

思い出した。
その昔、列車内にはそこかしこに張り紙が貼ってあった。
『〇〇駅から▲▲駅の区間では、窓を開けないようにお願いします』

理由としては車内の空気が悪くなるということだったが、付近に工場があるわけでもない。
長いトンネルが2つあるだけの区間だ。

中学時代の私たちは悪ガキで、窓を開けたままにしようと試みたりした。
だが、毎回車掌や駅員が必ず見回りにきて、謝りながらご丁寧に窓を閉めていくのだ。

「あぁ、そんな区間あったな」
「結局、何で窓閉めなきゃいけなかったんだろうな」
「トンネル内にガスでも出てたのかもな」

中田が中学生に戻ったようにニヤリと笑いながら言った。
「なぁ、ちょっと窓開けたままにしとこうぜ」

すっかり夜も遅く、車掌が見回りに来る気配もない。
他の乗客もいない。
酒が入っていたせいもあるのだろう。
私は承諾した。
臭い匂いが入って来たら、すぐ閉めればいい。

そうしている内に問題の区間に突入した。
1つ目のトンネルに入る。

「このトンネル、長いんだよなぁ」
なんて文句を言っている間に、列車は問題なくトンネルを抜けた。
月明かりで少し明るい外を走ったかと思うと、すぐに2つめのトンネルに入る。

「何だ、やっぱり何もないじゃないか」
「だな。臭いガスが入ってくるどころか、夜風が気持ちいいよ」

長年の謎を解決出来た我々の宴会はさらに盛り上がった。
窓からの風を楽しみつつ、また昔話を始めた時、何かが聞こえた。

あっはっはっは

「おい、何か聞こえないか?」
「あぁ。誰か笑ってるな」

はっはっはっはっはっは
ほっほっほっほ
あっはっはっはっは

まるで10人くらいの中年男性が、パーティでもしているかのような笑い声だ。
でも工事現場のおっさんのような、がさつな笑い声ではない。
上流階級、貴族の人たちがする上品な笑い声だった。

乗客は自分たちしかいない状況で、聞こえるはずのない異様な笑い声に私の酔いは一気にさめた。
なんとか体を動かし窓を閉める。

聞いてはいけないものを聞いてしまった。
あれは絶対生きている人間ではない。

視線を上げて目の前の友人を見た。
すると、中田はまるで高熱があるかのように、青ざめてぶるぶる震えている。

「おい!どうした!大丈夫か!?」
「わ、分からないけど、急に…」

真っ青な顔色の中田はだらだらと汗をかいていて、座っていることすら辛そうだ。

「中田、次で降りよう。そこで救急車を呼んでもらおう!」
「…いや、でも俺もう3つ目の駅で降りるから…
 着いたら家族に迎えに来てもらえるし…」

しかし、私の降りる駅は2つ目だ。
こんな状態の中田を置いて行くのは気が引ける。

かなり迷ったが、車掌さんに中田のことを頼んで下車することにした。
車掌さんは快く承諾してくれ、友人の降りる駅に着いたら様子を見に行ってくれるという。

中田に最後に声をかけて、私は列車を降り、駅を出た。
実家について両親と話すも、中田が心配でたまらない。
電話するには時間帯が遅すぎるので、明日連絡しようと思って布団に入った。

あの笑い声は何だったのだろう…
嫌な記憶を頭の隅に無理やり押し込んで眠った。

ー深夜2時。
物音で目が覚めた。

ずり…ずり…ずる…ずる…

何の音だろう。
畳の上で何かを引きずっているような音だ。

音の鳴る方に顔を向けようとしたが、体が動かない。
金縛りだ。

パニックになりながらも、体が動かないので耳だけが冴えていく。
どうやら複数の何かが、私の布団の周りをぐるぐると回っているようだった。

布団は壁にぴったりとつけているし、壁の向こうは物置だ。
物理的に考えて布団の周りを回ることは不可能なのだが…

首にありったけの力をこめて、動かそうと試みた。
火事場の馬鹿力とでもいうのだろうか。
2,3cm顔を動かすことに成功した私は、音の鳴る方へ目を向けると…

白い足袋を履いた足が見えた。
視線を上げると、男が私を覗き込みながらずりっ…ずりっと摺り足で歩いている。
貴族の様な服装を着た男は、にっこりと笑いながらそのまま壁の中へ消えて行った。

すると、また別の衣装を着た別の男が、同じように私を見ながら摺り足で壁に消えた。

それが4人続いて、私は気を失った。

目が覚めると私は汗でびしょびしょだった。
震える体で無理やりシャワーを浴びながら考えた。

昨夜見た彼らは絶対にあのトンネルで笑っていたやつらだ。
間違いない。
何で私のところに…
中田は、中田は大丈夫だったのだろうか。

風呂場を出た私は逸る気持ちを押さえつつ中田に電話をかけた。
しかし、永遠とコールが鳴るばかりで電話は繋がらない。

ならば、と職場にかけてみた。
しかし中田は出勤していないと言われてしまった。

これ以上の連絡手段は知らなかった。
夜になっても中田は電話に出ない。
心配で心配で仕方なかった。

次の日、私の実家に電話があった。
出てみると中田の母からで、中田が行方不明になったと言う。
昨日、最後に中田を見たのが私だそうで、警察に行って話をしてほしいと。

サーッと血の気が引いて行くのを感じた。
行方不明?あの声を聞いたから?
中田の所にも、昨夜のやつらが現れた?

体に力が入らない。
ふらふらしながらも、なんとか警察署についた私は詳しい話を聞いた。

あの夜、中田の降りる駅に着いたので、車掌は私に頼まれた通り中田を見に行ったという。
しかしそれらしき人は乗っていなかった。
ただ、座席に鞄がぽつんと置いてあったので中を確認したところ、中田の身分証が入った財布や携帯などの貴重品が入っていた。
不審に思った車掌は、防犯カメラを確認することにした。
俺が降りた駅でも、次の駅でも中田が降りる様子は映っていない。
途中で窓から飛び降りた可能性も考えて警察に連絡したが、未だに発見されていない。

そこで、最後に中田を見た私の話が聞きたい、と。

私は窓を開けたこと、声を聞いたこと、夜に男たちが枕元に現れたことも含めて全て話した。
一応メモは取ってくれているが、顔は信じていなかった。
そりゃそうだ、私だって信じたくない。

結局、私は30分ほど事情を話したところで解放された。
しかし数年経った今でも中田は行方不明のままだ。

何も分からない。
声も、男たちのことも。
あのトンネルが何なのかも。
全て、何も分からないまま。