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祭り覗き

真・禍話 激闘編~第5夜より~

もう20年以上前。私がまだ大学生で、民俗学を専攻してた時の話をしよう。

あの日は地方に出向いて、史料館巡りや現地調査をしていたんだ。
予定していたフィールドワークを全てこなし帰ろうかと思ったが、もう少しだけこの土地を見てみたいと感じた私は、行先もよく分からない電車にふらりと乗り込んで、聞いたこともない駅で降りてみた。

大きくて立派な駅ではつまらない。どうせならマイナーで小さな駅の方が興味をそそられる物に出会えるかも、と思ったのだ。

午後2時。その駅は無人駅だったようで駅員はいない。
他の乗客もおらず、観光客向けのポスターやパンフレットも無い寂れた駅だった。
駅を出て民家と生垣、畑ばかりの道をしばらく歩いてみたが、人はおろか車すら通らず町は静まり返っていた。
たまに民家の間から海が見えることから、港町ということは分かった。
地方の田舎町というのはこういう感じなのだろうか?

更にしばらく歩くと、突然大きな建物が姿を現した。
この町に似つかわしくない白い大きな建物。箱モノというやつだろうか。
近づいて見ると入り口にかすれた文字で"〇〇マリンタワー"と書いてあるのがかろうじて読めた。
最上階に展望室があるのが売りらしい。

私はこの町に見る場所はココしか無い、と思い入ってみる事にした。
入り口のドアを押し開けたが、そこも無人だった。
インフォメーションと書かれた看板がぶら下がっている受付があるが、誰もいない。
掲示板には数年前の日付のイベントポスター。階段下にはゴミらしき物が詰められた袋が積んである。

この町の観光スポットにしようと建てたはいいが見込み違いで、とりあえず最低限の管理だけが続けられている施設のようだった。
エレベーターを見つけた私は、とりあえずこのタワーの売りである展望室に行ってみようと最上階である8階のボタンを押した。
古びたエレベーターはゆっくりとだが、ちゃんと動いてくれた。

展望室に到着したが、やはりここにも人っ子一人いない。
360度が窓ガラスになっていて、海の向こうに水平線が綺麗に見える。
フロアには観光地によくある大きくてごついタイプの双眼鏡が等間隔に設置されていた。
3分100円でこの辺りの島や海が見れるらしい。

私が持参しているフィールドワーク用の双眼鏡の方がよっぽど性能が良さそうだ。
でも、この寂れた町に少しでも寄付するか…と思い100円を入れた。

島や海を見てみたが、これと言って面白い物はない。単なる島・海だ。
私は双眼鏡をグルっと回転させて、山の方を見ることにした。
集落や緑の山並みが見えて(おぉ~)と謎の感動を覚えた直後、何か動くものが視界に入った。・・・が、ぼやけて上手く見えない。
ごつい双眼鏡から目を離し、自前の高性能双眼鏡を取り出して改めて覗いてみた。

山の中腹の開けた場所ーあれは神社の境内だろう。
そこに紅白の幕を巡らせ、数十人の男たちが大きな円になり笛と太鼓で演奏している。
その円の中心に…何だあれは。人間の形をした何かがいる。

全身が真っ白で、おそらく男のようだ。背丈は軽く10メートルはあり、手足が異様なまでに細長い。
そして胴体に対して明らかに小さすぎる頭がついていた。顔は反対方向を向いていたのでよく見えない。
長細い腕をぐにゃぐにゃと動かしながら境内をウロウロと動いている。

白い巨人の足元には獅子舞らしきものが、巨人を追い立てるようにまとわりついている。
倍率を上げてよく見てみると、全然獅子舞ではなかった。
頭部についているのは獅子の頭ではなく、真っ白でのっぺりとした何か。
胴体部分も白い大きな布で覆われていて、そこから十数本の人間の足が出ていた。ということは6,7人で動かしている?
そんな大勢で動かす真っ白で目も鼻も口もない獅子舞らしきもの…見当がつかない。

民俗学には結構詳しいつもりでいたが、こんな祭りは見たことも聞いたこともなかった。
そもそもあの白い巨人はどうやって動かしているんだ?
ぐにゃぐにゃとだが、しっかり歩いているから張りぼてではない。着ぐるみだろうか。
しかし10メートルもある着ぐるみをどうやって操作するんだ。
生々しい手足の動きは、まるで本当に生きているかのように見える…

私は祭りの様子を考察しながら、長い間じっと見ていた。
すると段々、見てはいけないものー恐ろしいものを見ている気がしてきた。
理由は分からないが胸騒ぎがおさまらない。

と、突然。
円になっていた演奏者たちが、笛や太鼓を放り出して逃げ始めた。
ウワァーという感じで皆我先にと境内から逃げ出していく。
私の背筋に寒気が走った。

直後、先ほどまでフラフラ動いていた白い巨人が突然ピタっと止まり、顔をぐぐぐっとこちらに曲げた。ようやく見えた顔の中心では何かが蠢いていた。

見たい。私は恐怖を感じながらも倍率を上げて、巨人の顔の方へレンズを向けた。
…運の悪いことに、振り向いた巨人の顔面を正面からモロに見てしまった。
真っ白な顔に、子供の落書きのような乱暴な線で目と鼻が描かれている。その下で蠢いていたのは口だった。
赤黒い口がアヮアヮアヮアヮと開いたり閉じたりしている。

この顔を見てはいけない!
反射的にそう思った私は双眼鏡を地面へとそらした。

獅子舞らしきものの中から、全身を白塗りにした男衆がわらわらと出て来ている。
境内はパニック状態なのだろう。聞こえるはずのない悲鳴が聞こえる気がした。

白い巨人は口をアヮアヮアヮと言わせながら、動き回っている。
いや、よく見ると先ほどまで太鼓や笛を演奏していた男衆がいた場所や、獅子舞がいた場所を念入りに踏みつぶしているようだ。

"祭りが失敗したのだ"
私はそう直感した。

何故失敗した?
ー私が秘密の祭りを覗き見ていたせい?
ーいや、そんな訳ない。気づかれるような距離ではない。でも、まさか。
その瞬間。

あちこちを見ていた白い巨人がグルンっと首を回して、私の方を見た。

偶然ではなく、意思を持った動きだった。
あの巨人は私が覗いていたことを知っている。
あの巨人は私がどこにいるのかを知っている。

私は望遠鏡から目を離し、駆け出した。
あの白い巨人がこちらに向かって来るような気がした。
いや、そうじゃなくてもアレは危険なものだ。逃げなくては。

エレベーターに飛び乗ってボタンを押す。
ゆっくりとしか動かないエレベーターにイラつきながらも、何とか1階についた。
誰もいない。良かった。ホッとした私は建物を出る。
駅までは一本道だ!と走り出そうとした時、人が1人歩いてきた。

いかにもこの町で生まれ育ちました!という容貌のご老人。ゆったりゆったりと歩いてきている。
この町に降り立ってから、はじめて出会う人間だった。

今起きたことを老人に話したい!
あの祭りは何なのか。白い巨人は何なのか。見つかってしまった様だがどうすれば良いのか。
頭の中は混乱したままだったが、とりあえず話しかけようと口を開いた。

「あのっ!」
と、まだ声すら出さない内に、老人が私にこう言った。

「祭りがあかんかったのは、あんたのせいじゃぁないけんね」

私は息が止まった。そして老人に何の返事もしないまま駅までダッシュした。
もうこの町に1秒もいたくない。

ラッキーなことに、次の電車があと10分で来る時間だった。
でもおかしい。私が降りてから次の電車まで90分はあったはずだ。
あのマリンタワーに1時間以上いたのだろうか?あの祭りを50分も眺めていた?そんなはずはない。
でも実際に、駅の時計も私の腕時計もそのような時間になっている。

今にも私が覗いていたことを知っている巨人や村人が来るのではないかと怯えながら10分が過ぎ、ようやく電車がホームにやって来た。

電車に乗った私はすぐに窓の遮光スクリーンを下ろした。あの巨人が山を下りて私を追ってきている光景が頭に浮かんだからだ。

ひたすら海の景色を見つめて、あの地域から離れたのを確認した時、ようやく肩の力が抜けた。

家に帰ってから、あの駅の名前を思い出そうとした。
調べたかったのだ。あれの正体を。祭りの意味・歴史を。
しかし何一つとして思い出せなかった。
路線図やGoogleマップで探してみても、あの駅の風景やマリンタワーを見つけることが出来なかった。

でも私は二度とあの地域に近づいてはいけない。そう本能が告げているのだ。

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